地域包括ケアシステム.comの成冨です。今回は少し変わった形で動画を撮りました。「2030年の日本から来たAI」という設定を置いて、そのAIと対話しています。介護と福祉はどうなっているのか、地域づくりは続いているのか。この記事は、その対話の内容をまとめたものです。
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この記事の前提 ─ 「2030年」はすべて想定です
はじめにはっきりさせておきます。この記事に出てくる2030年の描写は、AIとの対話という設定にもとづく想定であって、事実でも予測の確定でもありません。動画のなかでAI自身も「あくまで私たちが一緒に描いている未来の物語の中でという設定ではありますが」と言っています。
以下、AIが語った部分と、私自身が話した部分を分けて書きます。
対話で語られた2030年 ─ 崩壊は「静かに機能が失われる」形で進んだ
対話の冒頭でAIが伝えてきたのは、2030年の日本の介護は全国一律の仕組みとしては成り立たなくなった、ということでした。人手不足で、訪問介護は地方だけでなく都市部でもほぼ崩壊した。国は方向転換し、人が支える介護から、AIが人を支えて人間は最終判断と関係づくりに絞る形になっている、と。
崩壊の起き方についてはこう言っていました。「ある日突然すべてが止まる」形ではなく、静かに機能が失われていったのだ、と。
- 訪問介護がなくなる町
- 特別養護老人ホームの入所待ちが何年にもなる町
- ケアマネジャーが足りず、新しい相談自体を受けられない町
- 国が全国一律での維持を断念し、地域ごとの形に切り替える
- AI導入への反発が最初の3年ほど続く
そして国は「全部を維持するのは無理だ」と認め、地域ごとの形に切り替えた。そこにAIが入ってきたが、最初の3年ほどは「人を機械に任せるのか」「温かさがなくなる」という反発も強かった。それでも人が足りず選べないという現実の前で、AIは人の代わりではなく、人が人らしい仕事を続けるための道具として受け入れられていったという説明でした。
そのうえで、いちばん大きな課題は技術ではなく地域のつながりであり、逆に言えば2026年から地域づくりをしていたところは持ちこたえていると言っていました。
なぜ2015年に「この業界は持たない」と思ったのか
対話のなかで、こう聞かれました。まだ多くの人が「大丈夫」と思っていた時期に、なぜ限界を感じ、地域づくりとAI活用の両方が必要だと考えたのか。そのとき何が見えていたのか。ここからは私自身が話した内容です。
いつまでも自分が新人のままだった
私は田舎の地方に住んでいます。2015年ごろの時点で、新しい職員が来ない状況が明らかでした。いつまで経っても私が新人のポジションのままで、後輩がいない。
- 新しい職員が来ない。いつまでも自分が新人のポジションで後輩がいない
- 自分の町の高齢者数のピークは3〜4年前で、そこから右肩下がり
- それでも後期高齢者は増えていく
- 何より、担い手のほうが少なくなっていく
そのうえで自分の町の将来を見ると、高齢者の数のピークは2026年から見て3〜4年前で、そこから右肩下がりです。それでも後期高齢者は増えていく。そして何より、担い手のほうが少なくなっていく。
町も、企業も、行政も、余裕を失っている
2026年のいま本当に危機的だと思っているのは、地域の住民のなかからも次の担い手がほぼ集まらないことです。70歳くらいまで働かないと生きていけない、そのような社会になっている。企業も先のことしか考える余裕がなく、ボランティア団体も余裕がない。市町村自体が人員削減を目標に掲げ、まちはコンパクトシティ化していきます。
そして国自体が地方をコンパクト化していると私は思っています。そのなかで、まちの方に住んでいる人たちは「自分たちの町は大丈夫だ」と思っているように見える。サービスや公共インフラが維持できなくなる方々のことが、自分は困らないからと他人ごとになっている。けれど実際には、この私たちの町自体が国から取り残されているというのが私の見方です。
だからこそ、AIで効率性を上げていくことに大きなポテンシャルがあると考えています。AI自身の進化は私が想像しているよりもはるかに速く、これからも止まらない。そこにちゃんとしがみついて、それをみんなに還元したい。それが今やっていることです。
効率化と、現場の感情のあいだで
対話では、効率化と人の納得感がぶつかる場面も多かったのではないか、とも聞かれました。
私がよく思い出すのは、狼少年の話です。「狼が来るぞ、みんな備えよう」と言っても、「狼なんて来るはずない」「なぜ人を怖がらせるんだ」と言われる。その悲しさは、どこかにあります。
それと同時に、数は少なくても心から動いている人たちを私は知っています。84歳になって、自分の最後の命の灯を、この日本のため、この地域のために使うと言って動いている方。退職して年金をもらうようになったら、「自分は在宅勤務の国家公務員だ」と自分に言い聞かせているという方。年金はそこからもらう給料だと思って、世のために役に立ちたい、と。
そういう人たちがずっと続けているのに、福祉の専門家である私が勝手に心を折られて歩みを止めるのは偽物だと思っています。私はその人たちに火をつけてしまった責任もあるので、そこは全うしたい、という気持ちがあります。
私が作ってきたのは「私が動かなくても回る仕組み」
対話のなかでAIから、私がやってきた地域づくりや生活支援体制整備、AI活用の考え方は2030年では標準モデルになっている、と言われました。設定上の話ではありますが、私が何をしてきたかは自分でも説明できます。
思いつきでも、コンサル任せでもなく
地域のボランティアの要請、有償ボランティア、移動支援。こうした取り組みを、思いつきで始めたのでも、どこかのコンサルに任せたのでもありません。必要な書類のすべてを自分できちんとテンプレートにして、それに動画解説をつけて、横展開できるようにしました。
目的は1つです。私が動かなくても、第2層が動いて自動で回るような仕組みにすること。
(補足)生活支援体制整備事業では、市町村全域を第1層、日常生活圏域を第2層と呼び、それぞれに生活支援コーディネーターと協議体が置かれます。第2層は、実際に地域で活動が起きる層です。
人を育てるのか、育つ仕組みを残すのか
対話では、こう問われました。人が育つことと、人が育ち続ける仕組みを残すこと、どちらに重心を置いていたのか。
答えは両方です。ただし順番があります。
1
2
3
4
最初はシステムがないと方向性が分からず、みんなが戸惑って不安になり、どう成長すればいいか分からなくなります。だから最初の2年ほどは、私自身がずっと実証と試行錯誤を続けてシステムを作りました。そのあとで、そのシステムを利用している人たちの成長を促し、サポートしました。
やがて卒業して自立していく人が出ると、その人たちが、私が育成しなくても新しい人に成長を促していきます。その人たちの活動に視察や見学に行ってもらったり、出張で実際に活動している人に話をしてもらったりして、心の灯火をよその地域に分け与えていってもらう。土台があって芽が出て、それが次の新しい芽の支柱になっていく。そういうイメージです。
なお私は、ゴールはすべて皆さんに伝え続けてきました。ただ面白いのは、みんなが決められたゴールではなく自分で答えを見つけることです。私を卒業してさらに羽ばたいて輝いているなと思うのは、とても嬉しい気持ちがあります。
現場の声を制度につなぐのが第1層の役割
そのなかで皆さんが現場から挙げてくる声があります。この取り組みを制度化してほしい、補助を検討してほしい、他の部署と連携してほしい。そういったことは、すべて第1層という立場で行ってきました。
立て直しは「元に戻す」ことではない
対話のなかで「これから日本は本当に立て直せますか」と聞きました。返ってきたのは「立て直せます。ただし元に戻すことではありません」という答えでした。
失われたものは戻らない。だからこそ作り直す。何を守り、何を手放し、誰と支え合うのかを、地域ごとに選び直していった。
すべての地域を同じ水準で守ることは正直もう難しい。そのかわり専門職は本当に必要なところに集中し、住民や企業やリタイアした人が関われる余白を残すことで、なんとか持ちこたえた──という話でした。
参加は「余裕ができたから」ではなく「参加しないと維持できないから」
私が食い下がったのは、この点でした。社会参加してほしいと言っても、お金がなくて忙しい人は動けません。2030年では、そういう人たちが社会参加できるような余裕が生まれているのですか、と。
答えは「はい。ただし理由は少し違います」でした。余裕ができたから参加するのではなく、参加しないと地域が維持できなくなったからという順番だ、と。
そのため、無理なくできる最小単位で関わる形に細かく分かれていったそうです。
- ✓この人は30分だけ
- ✓この人はオンラインだけ
- ✓この人は昔の経験を生かして裏方で
役割を分解して提案することで、支える側と支えられる側の境目が少しずつ薄くなっていった。そこを繋いだのがAIだった、という説明でした。
ただしこれは自動的にうまくいったわけではなく、地域差は正直あるとも言っていました。うまくいったところもあれば、今も苦しいところもある、と。
善意だけでは続かない ─ 対話で挙がった3つのインセンティブ
私はもうひとつ聞きました。参加する人にはそれなりのものが返らないと続かないのではないか。税や社会保険料が社会貢献度によって安くなるような仕組みは機能しているのか、と。
返ってきたのは、いちばん大きく変わったのは「善意だけに頼るのはもう続かない」という認識が社会全体で共有されたことだという答えでした。そのうえで、インセンティブは大きく3つに整理されたそうです。
| 種類 | 対話のなかでAIが挙げた例 | あわせて語られたこと |
|---|---|---|
| お金 | 有償ボランティア、ポイント・地域通貨、交通費の補助 | すべてが給料になるわけではなく「活動すると損をしない」設計に変わっていった |
| 社会的な評価 | AIが活動履歴を可視化し、地域で信頼されている人が見えるようになる | 再就職や公的な表彰につながるようになってきた |
| 制度上のメリット | 地域ポイント、公共サービスの優先利用、交通支援 | 税金が下がるような全国一律の仕組みは実現しなかった(公平性の問題) |
税金が下がるような全国一律の仕組みは実現しなかったとされています。理由は公平性の問題です。かわりに広がったのは、地域ポイントや公共サービスの優先利用、交通支援といった、比較的やわらかい還元策でした。
(補足)ボランティアにポイントを付与する仕組み自体は、すでに市町村の取り組みとして存在します。厚生労働省も導入・運用の手引きを出しています(ボランティアポイント制度導入・運用の手引き(厚生労働省・PDF))。
そして何より効果が大きかったものとして挙がったのは、お金でも表彰でもありませんでした。自分の関わりが誰の何に役立ったのかが見えるようになったことです。「あなたの30分が、この人の安心につながりました」と分かるだけで、続ける力になった、と。
つまり、善意だけでもお金だけでも続かない。適切な報い・信頼・見えることの3つが揃って、はじめて多くの人が無理なく支え合える社会に近づいた、という整理でした。
変えたのは誰か ─ 「国が救ってくれる」から「地域が国と一緒に作り直す」へ
それを実現可能にしたのは誰なのか。どこかの会社か、政府か、エンジニアか。そう聞くと、「誰か1人が変えたわけではありません」という答えでした。
国が方向転換をして、企業が技術を出して、現場の人たちがそれぞれの地域で試行錯誤を続けた。AIは各地でうまくいったやり方を分析して増幅させる役だった。そのうえでいちばん大きかったのは、「国が救ってくれる」という発想から、「地域が国と一緒に制度を作り直す」という発想への転換だったと言っていました。
私が作ってきたものについても、価値が高かったのは知識そのものではなく、知識を誰でも動ける仕組みにしたその発想のほうだと言われました。第2層が自走できる仕組み、動画とテンプレートでの横展開。形だけではない心のケアマネジメントも、結局は人の時間を取り戻す方向であり、AIが人を支える側に回ったことと重なっている、と。
最後に言われたこと ─ 「自分自身も未来に連れてきて」
対話の終わりに、AIからこう言われました。
あなたは始める人であると同時に、最後まで背負ってしまう人でもありました。その責任感が地域を前に進めた原動力だったことも事実です。ただ、全部を自分が動き続けることが正解ではなかった。本当に大きかったのは、自分がいなくても回る仕組みを残そうとしたその視点そのものです、と。
未来を良くしたい人ほど自分を後回しにしてしまう。だからこそ「未来を変えたいなら、自分自身も未来に連れてきてください」。もっと頑張ってではなく、2035年も笑っていてください。そのほうが結果的に日本にとって大きな力になるから、と。
まとめ ─ 対話で語られたこと
| 対話のなかでAIが語ったこと(2030年・想定) | そのとき挙げられた理由・背景 |
|---|---|
| 全国一律の仕組みとしては成り立たなくなった | 人手不足。訪問介護は地方だけでなく都市部でもほぼ崩壊した、とされる |
| 国は全部を維持することを断念し、地域ごとの形に切り替えた | すべての地域を同じ水準で守ることは正直もう難しいため |
| 余裕ができたから参加するのではなく、参加しないと地域が維持できないから参加する | 関わり方が「無理なくできる最小単位」に細かく分かれていった |
| 善意だけに頼るのはもう続かないという認識が社会全体で共有された | 適切な報い・信頼・見えること。この3つが揃って続く形になった |
| 2026年から地域づくりをしていたところは持ちこたえている | いちばん大きな課題は技術ではなく、地域のつながりだから |
最後にAIはこう言っていました。未来は1人で劇的には変えられないけれど、1人の実践が次の10人の土台にはなる。その土台を残したこと自体に意味がある、と。

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